26年3月16日更新
2026年「すべての人の社会」3月号
VOL.45-12 通巻NO.549
■巻頭言 「お疲れさまです」と「回答を差し控えたい」
JD理事 佐野 竜平
海外との仕事においては、時差や時間に対する意識は避けて通れない一面です。アジア周辺国ならばまだしも、さらに遠隔地の方々と打ち合わせる際には、細やかな配慮が不可欠となります。現地の祝日や宗教上の慣習など、相手の時間を尊重する姿勢は、グローバル社会において欠かせないマナーと言えるでしょう。
このような「相手の立場への配慮」という文脈で、ふと頭に浮かぶのが、日本の若者間で広く定着した「お疲れさまです」という挨拶です。このフレーズは、時間、立場、状況を問わない圧倒的な汎用性と無難さを持ちます。結果として、コミュニケーションの障壁を下げ、一種の「思考停止」を回避する有効なツールとして機能しています。日本の「察する」文化との親和性を加味すれば、もはや最強のパワーフレーズと言っても過言ではありません。実際、LINEなどのテキストベースのやり取りで頻繁に目にします。「お変わりなくお過ごしですか」「朝晩はまだ冷え込みますが、ご体調はいかがでしょうか」といった、相手の状況や季節に合わせた丁寧なメッセージに、かえって新鮮さを感じてしまうほどです。
こうした「機能優先」の言葉について考えるうち、この「お疲れさまです」とほぼ同じ効能を持つ日本語のフレーズを連想しました。それは、一部の政治家が好んで用いる「回答を差し控えたい」という言葉です。これもまた、その場を収めるための非常に有効なツールとして作用しています。責任回避、リスク管理、時間稼ぎ、曖昧さの維持、そして議論の迅速な終結を促すという点で、この上なく機能的な言葉なのでしょう。感情を込めない、まさに温度のない定型句に属すると言えます。
「お疲れさまです」と「回答を差し控えたい」。この二つのフレーズに共通するのは、「定型性」「感情の欠如」「利便性優先」「多義性」といった特徴です。しかしながら、障がい分野に身を置く者として、何でもこうした便利な定型句で片付けられてしまうことに強い違和感を覚えます。これは、「障がいは個性」という、一見もっともらしい、しかし表層的な言葉に対し、「安易な理解で終らせないでほしい」と思う感覚と近いかもしれません。
幼少期の事故により手に障がいを持って以来、私は自らの不器用な生き方を長く受け入れられずにいました。しかしながら、多様性に富む海外を舞台に失敗を恐れず挑戦を重ねる中で、ようやく「自分らしい表現」を探求できるようになりつつあります。
一人ひとりの異なる状況や背景に深く向き合い、その人やコミュニティとの関係性から生まれる「温かみのある言葉」こそが、障がい分野における新しいスタンダードとなることを強く願っています。
■視点 やまゆり園事件から10年に思う
JD代表 藤井 克徳
つい先日のことだった。早い時間に目が覚めラジオのスイッチに手を延ばす。NHKのラジオ深夜便が最終コーナーにさしかかっていた。リスナーのハガキが読み上げられたあと、最後の曲名が紹介される。ウクレレの演奏で『いのちの名前』と告げられた。ぼんやりと聞いていたが、たちどころに眠気が引いた。次の瞬間、あの「やまゆり園事件」が重なってくる。命名という言葉がある通り、「いのち」には永久的な名前が付される。ところが、事件の犠牲となった19人は、「いのち」を消されたと同時に、名前まで消された。警察の会見や裁判の過程で、固有名詞での紹介は一度もなかった。「ひとくくりのいのち」でしか扱われなかった。遺族を責める気はない。でも今も釈然としない。
今年は、2016年7月26日に事件が発生してから10年目の節目に当たる。改めて、忌まわしい、そして日本中を震撼させたこの事件に焦点を当て、「事件の背景に何が」「事件を称賛する声の本質とは」などについて深めるべきである。
犯人は、元やまゆり園の職員の植松聖(さとし)(現在は死刑囚)だった。内情に詳しい植松は、この日の未明にガラスを割って施設に侵入し、利用者の居住部屋を次々と襲った。一時間足らずのうちに、19人を殺害し、26人(うち職員3人)に傷を負わせた。
無かったのは犠牲者の名前だけではない。他にも重要な事柄で「無い」がいくつもある。裁判を傍聴して思ったことは、争点や論点が無かったことだ。正確に言えば表向きの争点はあった。でもそれは刑事責任能力の有無に限られ、本当の争点となるべき、事件の背景を含む真相の究明とはほど遠いものだった。また弁護も無かった。
裁判が始まる前に、植松とは三度面談した。本人いわく、「次の期日の連絡もない」などと意思疎通面での不満を漏らしていた。今述べた真相究明に関しても弁護士の役割は大きいはずである。残念ながら、真相究明の観点からの弁護士の存在感は薄かった。
さらに、政府による「やまゆり園事件」へのまともな向き合いも無かった。厚労省内に設けられた検証会議は、おざなりの域を出ない。内閣総理大臣が初めて本格的に事件を口にしたのは、惨事から5か月後の施政方針演説(第193回国会)だった。そこで安倍晋三総理は、「……精神保健福祉法を改正し、措置入院患者に対して退院後も支援を継続する仕組みを設けるなど、再発防止対策をしっかりと講じてまいります。」と述べた。「事件の主因は、精神保健福祉法の不備にある」と言わんばかりだった。余りの的外れに、関係者の多くは言葉を失った。
こうした無い無いづくしの日本の動きに、国連の障害者権利委員会は黙っていなかった。2022年10月の総括所見(勧告)は、「優生思想及び非障害者優先主義に基づく考え方に対処する観点から、津久井やまゆり園事件を見直し、社会におけるこうした考え方の助長に対する法的責任を確保すること。」(第10段落)と明示した。総括所見の主たる相手は国であるが、同時に、障害団体を含む社会全体での真相究明を呼び掛けているように思う。
横浜地裁の判決確定で封印状態に入ったかにみえた「やまゆり園事件」だが、そうであってはいけない。優生思想問題を考えるうえで大きな動きとなった優生保護法裁判判決も意識しながら、節目の今年を、「やまゆり園事件」の真相究明の新たなきっかけとすべきだ。
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