24年7月29日更新
VOL.44-4 通巻NO.529
JD理事 佐野 竜平
2022年9月に発表された国連・障害者権利委員会による「第1回政府報告に関する総括所見」の中に、「パターナリズム」という言葉がある。その日本語仮訳において、日本障害フォーラム(JDF)は「父権主義」、日本政府は「温情主義」とそれぞれ訳している。「強い立場の者が、弱い立場の者のためになるよう、本人の意志に反して介入したり干渉すること」を指すこのキーワードについて、障害分野の関係者はどのように受け止めているのだろうか。
私自身、対日審査後の総括所見を手にするまで、この言葉の本質について深く考えたことはなかった。「健常者優先主義」「非障害者優先主義」と訳される「エイブリズム」にも共通する点があり、紙幅の限りはあるがパターナリズムについて3つに分けて掘り下げてみたい。
まず、「障害者は支援される側、非障害者は支援する側」という画一的な見方の転換である。誤解を恐れずに表記すれば、障害のある人をとにかく一律に「利用者」と呼ぶ一部の福祉サービスの現場に通じる面がある。多様性の尊重を謳いながら異論を排除しようとしていないか、自戒を込めて問うていきたい。
次に、福祉の世界に限られた問題ではないという事実である。2024年3月28日付の日本経済新聞「株高に潜む『父権主義』の罠」という記事によると、「日本の父権主義の歴史は古い」という。さらに「政府や官庁が企業の活動に介入し、企業の関心が顧客よりも『お上頼み』になり、独自の思考もなくなる」と述べた上で、「イノベーションを追う株式市場はこの風潮を嫌う」とある。やはり温情主義という表記は些(いささ)かカモフラージュしたものに思えてくる。
最後に、パターナリズムに陥っていないか自問自答を繰り返しながら行なってきた数々の国際協力プロジェクトである。「先進国から開発途上国への技術協力や資金提供」という、一方通行になりがちで典型的なアプローチが根底にある。他方、厳しい開発途上国を生き抜いている障害分野のリーダーたちは、先進国との境界を曖昧にしながら、したたかに想いを形にしている。
とどのつまり、「利用者か支援者か」「官か民か」「先進国か開発途上国か」といった明確な線引きをせず、「部分的にどちらにもなりうる」という曖昧な形こそ適切な場合が増えているのではないか。兼業や複業、副業や短期間の仕事を請け負うギグワークなどはこの立ち位置に近いのかもしれない。
改めて、総括所見は読む度に変化し続ける生き物のように思えてくる。障害者権利条約の価値を高めるためにも、パターナリズムを打破する手立ての1つとして「不確定・不明瞭・不透明をマネジメントする力」を磨きたい。
■視点 優生保護法最高裁弁論から、「否定されるいのち」を問う!
JD副代表 石渡 和実
「否定されるいのち」―この言葉が筆者の障害者福祉の原点だとつくづく考えさせられている。もう40年近く前、横浜で仕事を始めたとき、神奈川青い芝の会で活躍されていた横田弘氏(2013年逝去)から何度も聞かされた言葉である。横田氏が注目されたのは、 1970年5月、横浜市磯子区で起こった障害児殺害事件である。2歳の脳性マヒの女児が母親に絞殺され、減刑嘆願運動が起こった。同じ脳性マヒ者として、横田氏は「障害者は親に命を奪われてもあきらめるしかないのか」と、障害者の生きる権利を世に問うたのである。
横田氏の言葉は、2016年7月26日に起こった津久井やまゆり園事件でも注目された。「生き方の『幸』『不幸』は、およそ他人の言及すべき性質のものではない筈です。まして『不良な子孫』と言う名で胎内から抹殺し、しかもそれに『障害者の幸せ』なる大義名分を付ける健全者のエゴイズムは断じて許せないのです」(『障害者殺しの思想』現代書館,2015増補新装版)。植松(現死刑囚)の「障害者は不幸を作るだけ」という身勝手な論理や、優生保護法に対する真正面からの否定であり、このような鋭い指摘を50年も前に当事者団体として発していたのである。
優生保護法裁判は2018年1月に、まず仙台で提訴される。39人が原告となり、5月29日の最高裁で、5つの高裁判決について弁論が行われた。戦後最大の人権侵害と指摘され、憲法違反との見解は一致しているが、争点は"除斥期間"の解釈である。障害者を「社会のお荷物」などとして排除してきた歴史を振り返れば、除斥期間の適用が「著しく正義・公平の理念に反する」というのは言うまでもない。優生保護法施行後、声も上げられず、 70年間も耐えるしかなかった被害者に、裁判官はしっかり向き合ってほしい。
筆者は傍聴には行けず、ニュースや新聞報道を見ただけではある。しかし、手話で裁判官に語りかけた原告や、JDセミナー等にも登壇された北三郎氏が、力強く、理路整然と訴える様子を拝見して感極まる思いであった。厳しい体験をされた立場だからこそ、心に響く、社会を変革することの必要性を訴えてくださったと感謝している。
この弁論では、手話通訳や要約筆記などの合理的配慮が提供されたことも話題になった。傍聴券にもルビが振られていた。費用については裁判所の負担ではなかったが、このような対応も障害者が切り拓いた大きな成果である。弁護団の徳田靖之氏が本号の「優生思想に立ち向かう」で、これからの政府や市民に求められる視点を整理してくださっている。徳田氏はまず、「『不良』とは、この世に存在することが許されないということ」と強調し、まさに「否定されるいのち」とみなしてきた日本社会に、大きな警鐘を鳴らしている。
障害者権利条約の最大の意義は、「障害者観の転換」と言われてきた。医学モデルから社会モデルへ、そして人権モデルも強調されるようになった。2014年1月の条約批准から10年を経て、筆者は日本社会の「人間観の転換」が実現しつつあると主張している。障害者はもちろんのこと、子どもも女性も高齢者も性的マイノリティも、「社会的弱者」などという存在はありえない。「意思決定支援」のさまざまな分野への広がりや、児童福祉法の改正、認知症基本法の制定などに、 条約の理念が大きな影響を与えたことが指摘されている。違いがあるからこそ、新たな気づきや発見があり、多様性を尊重し、支え合う共生社会が実現するのである。「否定されるいのち」など、ありえない!
7月3日の最高裁判決が、このことを明言してくれることを期待している。(6月26日 記)
障害と機能障害:条約の基本概念を障害者基本法に
佐藤 久夫(日本障害者協議会理事)
逼迫する職員不足と2024年報酬改定のゆくえ その③ ―グループホームを巡る根本問題―
小野 浩(きょうされん常任理事)驚異的な総売上2,500万冊、ズッコケ三人組の魅力
品川 文雄(発達保障研究センター前理事長 / 元小学校障害児学級教諭)
優生保護法違憲訴訟 最高裁弁論を終えて
徳田 靖之(弁護士)
障害者権利条約33条2項-国内における実施及び監視-
藤原 精吾(弁護士)
~旧ソ連の障害児収容施設で~
古本 聡(翻訳業)
松尾 香奈(京都大学大学院)
シンポジウム 旧優生保護法被害の全面解決と差別のない社会を目指して
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