3−3 一次調査・二次調査の総括 −全体の調査結果から見えるもの−
本研究では、一次調査として、@B型事業所の利用者(利用者調査)、AB型事業所からの一般就労への移行者(一般就労者調査)、BB型事業所の管理者(事業所調査)、CB型事業所の職員(職員調査)、をそれぞれ対象とするアンケート調査を行い、二次調査として、B型事業所に対する訪問調査(ヒアリング調査)を行った。ここで、一次調査の目的は、B型事業所の実態と利用者を含めた関係者の意識について統計的にその全体像を明らかにすることを目的としたものであり、他方、二次調査ではアンケート調査による統計的な数値だけでは把握しきれない、B型事業所の運営状況や関係者の意識について具体的かつ詳細に把握することを目的としている。
この一次調査及び二次調査結果に対する総括は、それぞれ本章の前節で行っているが、ここでは両調査を合わせて今回調査から見えてきた主な課題や問題点について改めて整理しておきたい。
(1)障害者の就労支援におけるB型事業所の役割
B型事業所の中には、一般就労への移行に熱意をもっており移行率も比較的高いところもある。しかしながら、全般的に見て就職実績が全くないなど利用者の一般就労への移行に消極的なところも少なくない。
一般企業等に対し比較的多く就職者を出しているところは、ハローワークや就労支援センターなどの就労支援機関との連携や利用者の就労へのインセンティブの向上や就職準備に向けての働きかけなどを熱心に行っていることがヒアリング調査からもうかがえる。これに対し一般就労への移行があまり進んでいない事業所については、いくつかの理由が認められる。
@ 就労移行支援事業所との役割分担
B型事業所の多く(約6割強)が就労移行支援事業所を併設しており、就職を希望する利用者はこの就労移行支援事業に移るため、通常、B型からの就職としてカウントされない。この場合は、B型から一般就労への移行が少ないと即断することはできない。
A 利用者の意識と事業所の理念
利用者のなかには一般就労への移行よりも現在のB型事業所で長期的、安定的な日中生活の場としての利用を希望している人が多く、事業所側でも一般就労を優先するよりも、こうした利用者の希望や意識にできるだけ寄り添い地域の中で利用者が安心して長く働ける場としての役割を事業所の理念として重視しているところが少なくない。しかしながら、後述するとおり、B型事業所を利用している障害者には、労働能力が一般就労可能と見られるレベルにあり、かつ、一般雇用への希望を持った人も決して少なくなく、こうした利用者のニーズへの対応が事業所側に求められよう。
B 関連社会資源の利用可能性
B型事業所から一般就労への移行にあたっては、多くの場合、就労移行支援事業所の活用や就労支援機関との連携が必要となるが、こうした社会資源が地域に少なかったり偏在している場合がある。また、複合型の事業所と単独型の事業所とでは関連機関との連携状況が異なってくる。さらに、地域に受入可能な企業が少なかったり、あっても通勤が困難であるなどの地域性からくる制約も指摘されている。なお、就労移行支援事業所での訓練期間が2年間では短いなどの制度上の制約の問題を訴えるところもある。
C 就職先の労働条件
B型事業所の一般就労へのインセンティブを高めるという観点からは、移行先企業等の労働条件にも留意が必要である。今回調査では一般就労へ移行した人の約8割は非正規雇用であり、その賃金水準は、約半数が月額4万円〜8万円未満であって、多くは最低賃金レベルであると見られる。社会保険に加入していない場合も少なくない。その一方、調査では、給与額に「満足」または「どちらかと言えば満足」と回答する人も多く(約7割)、現在の就労に満足している人が多くを占めているとはいえ、移行先の職場で良好な労働条件を確保することは、障害者の一般就労への移行を進める上で重要な課題であろう。
(2)工賃をめぐる課題と所得保障
@ 工賃水準の問題点
B型事業所を就労の場としてとらえた場合、最大の課題の一つは工賃収入の問題である。B型事業所利用者の工賃は、時給で200円未満が利用者の半数、400円未満では9割近くを占めており、週当たりの就労時間数も短い人が多い(1週当たり作業時間が30時間未満が約5割)こともあり、月間の工賃収入が2万円未満の人が6割を占めている。これについての担当職員の意識では「妥当」とするものが全体の3分の1であるが、その「妥当」の理由を見ると「他事業所の工賃よりは高い」、「作業時間数や作業量を考えると妥当」などであり、担当職員の多くは工賃水準の低さに問題意識を持っているといえる。
このため、多くの事業所が工賃水準を引き上げるための様々な努力を行っていることがヒアリング調査からもうかがえる。しかしながら、こうした努力は事業所のみで解決することが難しく、事業所自体の経営上の努力に併せて地方自治体からの支援や企業との連携、協力体制が不可欠といえよう。
A 利用者の所得保障
B型事業所における工賃収入が全般的に低いため、一般に現行の工賃収入で自立した生活を維持することは困難である。このため、ほとんどの利用者が障害年金や生活保護等の支援を受けているか、家族からの支援に依存している。
したがって、B型事業所を利用する障害者が自立できる生活基盤を築いていくためには、もとより工賃単価の引き上げへの努力が求められるが、その際、留意すべきは、時間当たりの生産性を反映する時間給(時間工賃)と月間当たりの作業時間数を反映した月収額とのギャップである。一般に、最低賃金との関連で議論される賃金水準や工賃額は、現行の最低賃金が1時間当たりで算定されていることもあり、単位時間当たりの生産性に基づいていることが多い。しかしながら、障害の重さなどから長期時間の作業を継続することが困難なため、短時間であれば単位時間当たりの生産性が高くても作業時間が短いため、月間の収入額が低くなる人も多い。したがって、障害者の工賃収入については、工賃単価の引き上げはもとより、それととともに、本人の工賃収入総額(稼得能力)にも着目した上で、所得補填を含めた所得保障全体の在り方の検討が必要と思われる。
(3)働くことに対する利用者と支援担当職員の意識
@ 一般就労に対する利用者と職員の意識
B型事業所の利用者は障害の種類、程度、年齢などの面で多様であるため、生産性が一般就労に近い能力をもった人がいる一方で、障害が重く長時間作業に耐えられない人もいる。それとともに、一般就労への移行を強く望む人もいれば現在の施設の中にできるだけ長くいることを望んでいる人もあり、利用者の就労への意識は様々である。こうした利用者の多様なニーズや希望に対し、支援にあたるB型事業所の職員の側にも、一般就労への支援に消極的な意識が少なからずうかがえる。
しかしながら、多くの職員は、利用者には一般就労への移行を希望する人が多く存在することは認識している(職員調査では、就職を希望する利用者が「いる」と回答した人は85%)。また、一般就労を希望しない利用者も現在の事業所の外に出ることに不安を持ったり、自信を失っていることによる人も少なくないと見られる。この意味で、今いる事業所に長くいたいと希望する人の考えを尊重しつつ、他方で、一般就労が可能な力を持っている人に対しては、その力を引き出すための努力が、支援側に求められよう。
A 工賃の引き上げについて
工賃についての利用者の満足度を見ると、「不満」、「どちらかといえば不満」と回答した人よりも「満足」、「どちらかといえば満足」と回答した人の方が若干上回っている。一方、職員の側にも、支払っている工賃額について約7割の人が「低いがやむを得ない」、「妥当である」と回答としている(職員調査)。
しかしながら、その理由をみると事業所の売上高の現状や生産性の制約等をあげており、いわば、「あきらめ」の要素があることを否定できない。他方、ヒアリング調査では、工賃単価や売上の向上のために懸命の努力を行っている事業所が少なくないことが認められる。この意味で、職員側にも生産工程の改善や高付加価値の作業を開拓するなどの面で、一層の意識の改革が求められる。
(4)B型事業所に求められる多様なニーズと人材育成
@ 事業所に求められる多様なニーズ
多くのB型事業所では、利用者ができるだけ高い工賃収入が得られるよう、発注先等の確保や生産工程の改善、新たな業務の開拓など様々な努力が行われているが、それと同時に業務遂行に必要な利用者への指導・訓練、一般就労を希望する利用者への就労準備にかかる教育訓練など、働く場としての環境条件の整備に努めている。さらに、B型事業所の多くは、単に働く場の提供にとどまらず、住まいをはじめとする利用者の長期にわたる生活上の支援を通じて、働きがいや生きがいを含めた利用者の生活の質の向上を図っているが、B型事業所内での利用が長期化する人が増えるに伴い、こうした利用者の生活の質を確保する上での対応が大きな課題となりつつある。
A 相談相手としての職員
利用者のうちで「辛いときや困ったとき相談する人がいますか」という問に対し9割の人が「いる」と回答しているが、その相談相手として7割の人が「今の事業所職員」と答えており、「家族」の6割弱より多い。ちなみに、一般就労した人においても、困ったときの相談相手として6割強の人が「以前の施設職員」をあげ、「家族」や「会社の人」を上回っており、事業所の職員には、利用者が事業所に在籍しているときだけでなく、しばしば長期にわたって利用者の支援を行うことが求められている。
B ニーズに応える人材の養成と確保
このようにB型事業所に求められる多様なニーズに対応するためには、高い資質を持った人材の確保が不可欠である。しかしながら、職員調査によれば、B型事業所の課題として人手不足のため利用者への細かい支援ができないといった声や職員自身の専門知識の不足が指摘されている。ヒアリング結果でも職員の研修に力を入れている事業所は少なくないが、高い専門性や能力を持った人材の確保に苦心していることがうかがえる。この意味で、高い能力を持った人材の確保・育成は、個々の事業所の努力だけでなく行政等を含めた広範な支援体制が必要と思われる。
(5)今後の調査研究上の課題
今回の調査では、B型事業所の運営状況や利用者の実情、意識等についてのアンケート調査による統計データの収集とヒアリングによる実態調査を行った。これによってB型事業所の実態や課題がかなり明らかにされたと思われる。しかしながら、なお、今後の研究や調査にゆだねるべき課題が残されている。
@ 当事者の意識やニーズのより的確な把握
今回調査では、アンケート調査によりB型事業所の利用者及び一般就労移行者の実情や意見の把握を行ったが、時間的制約等からヒアリング調査は主に事業所を運営する管理者またはそれに近い方々が対象であり、B型事業所の利用当事者に対するヒアリングが十分だったとはいえない。今後はさらにB型事業所の利用当事者からの要望やニーズの把握に努めることが大切であろう。
A 働く場としてのB型事業所における利用者の権利保障
B型事業所の利用者には労働法の適用がなく、働く上での権利保障という点では不備がある。この点については、B型事業所の管理者や職員の中には問題の重要性を認識している人もいたが、全体としてはこの点についての問題意識は乏しいように見受けられた。しかしながら、働く場での障害者の権利保障の問題は障害者権利条約の履行や障害者差別禁止の問題とも絡み、今後ますます重要性を帯びてくることが予想され、今後もさらに検討を深める必要があろう。
B B型事業所の制度的位置づけの再検討
今回の調査では、利用者の高齢化、重度化に伴う対応、報酬単価制度などを含めた施設運営上の問題点など様々な課題が浮かび上がっている。こうした課題の解決には、現行のB型事業所の制度の枠組みの中のみでは解決が困難なものも含まれていると思われる。このため、他の福祉サービスとの連携と分担をどのようにするかなど障害者福祉制度全般の中でのB型事業所の在り方について、社会支援雇用制度との関連を含め今後検討する必要があろう。