「わたし、結婚したいと思うんよね」
作業所から一般就労したある女性が、就職して数か月後のある日、仕事が休みの日に作業所へ遊びに来てこう話してくれた。当時、軽度の知的障害のある彼女は20歳代の後半だった。本人の年齢からいってごく当たり前の願いだが、この話を聞いたとき私はとてもうれしかった。なぜなら、私たちと一緒に作業所で働いていた何年かの間には、彼女の口から聞いたことのない言葉だったからだ。
在宅での生活を送っていた彼女は作業所で働くようになって、みるみる社会性を高めた。仕事の上でもリーダーとしての役割を果たし、よく障害の重い利用者への支援もしてくれていた。かねてから希望していた一般就労が決まると家族も私たちも喜び、次のステッへの旅立ちを祝福した。それからほんの数か月の間に、彼女は多くの成人の女性が当たり前にもつ願いを語るようになったのだ。厳しさを求められる仕事をやり切ることで得た自信、障害のない人に囲まれて働く緊張感や学び、そして作業所時代と比べて大きく増えた給料・・・こんな要素が、新たなステージでの彼女の変化を生み出したのだろうか。
作業所は彼女にとって、人や社会とつながり人生を取り戻す場として大事な役割を果たしたと思う。そして、そこで培った彼女の中の秘めたる力が、作業所では引き出すことができないほどに大きく育った時、次の働く場が必要となったのだ。
本調査の対象とした就労継続支援B型事業所では、実に多彩な利用者が働いている。この人たちの姿を一口で表現するのは容易ではないが、先の彼女を思い浮かべながらあえて言えば、その時々の自分の願いや状態に応じた働き方を求めている人たちということになるだろうか。障害の種別や軽重にかかわらず、一人ひとりが自分らしく働いている。
本調査の目的は、上記のように現場で感覚的に把握されている就労継続支援B型事業の実態を、工賃アップへの取組みを中心として客観的に示すことだった。そしてその目的は、回答事業所の数や聞き取り調査による現場の実態の把握といった観点から見て、かなりの水準で達成できたとみてよいだろう。
今回把握した実態の分析を通じて、利用者が実態として働いていること、工賃アップ等B型事業所の取組みの現状とこれをさらに発展させるためには支援者の意識改革等が必要であること、障害のある人の就労支援施策の現状とこれを抜本的に見直す必要性があること等、多くの重要な示唆を得ることができた。
本調査の結果を踏まえ、現行の障害のある人のための就労支援施策は、そこで働く人たちの願いを実現する観点から抜本的に再構築されなければならない。なぜなら、就労継続支援B型事業所等で働く人は、実態として働いているのに、労働者ではなく利用者として位置付けられているからだ。わたしたちは本調査を踏まえて、社会支援雇用制度(仮称)という新しい就労支援の仕組みを提言することにしている。現在、国内外の先駆的取組みに学びつつ検討を進めているが、この社会支援雇用制度は必ずや障害のある人が働きながら地域で安心して暮らすことのできる環境を豊かにするとともに、日本で障害者権利条約を実現する上で大きく寄与するものと自負している。
多くの方たちのご協力によりこの調査が実施できたことを改めて深く感謝するとともに、この調査結果を障害のある人たちのディーセントワークの実現に役立てるようにさらなる努力を続けていく所存である。
NPO法人日本障害者協議会 社会支援雇用研究会