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●解説 俳人・富田木歩と親友・声風 大正十二年の関東大震災は、地震とそれによって生じた火災 で、膨大な人の命を奪います。隅田川の向島土手で焼死した俳 人・富田木歩もっぽもその一人だったのです。 向島のうなぎ屋に生まれた木歩は、幼児期からの病気で歩け なくなったのを、〈うなぎのたたり〉などと噂されて店にもい られず、不自由な身で友禅染めの内弟子に住み込んだり、母や 弟妹たちと長屋暮ししながら、人形作りや駄菓子屋などの内職 に励んだりして生活を支えるのに懸命だったのです。そうした 生活の中で、救いともなっていたのが、少年の日から親しんだ 俳句でした。 そして、実際の救い主となったのが新井声風です。 浅草で映画館を経営しているような家の息子で、大学生(木 歩は不就学)そして頑健な偉丈夫と、すべてに対照的な二人が 、親友になるのです。 新しい文学としての説き、木歩の句を俳壇に紹介するだけで なく、実生活の面倒までみるのでした。まさに、名実ともに良 きボランティアでした。 木歩の代表作の中の一句。 我が肩に くもの糸張る 秋の暮 俳句の石川 啄木と呼ばれた 富田 木歩。 その良き友 新井 声風。[←←最初] [←前頁] [次頁→] [最後→→]
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