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●解説 琴と八橋検校 三味線と琴は、江戸時代の庶民に最も親しまれた楽器ですが 、これを育て普及させて行ったのも盲人たちでしたし、彼らの 生活の糧ともなっていました。 琉球の蛇皮線を日本化して行ったのも、琵琶法師だった彼ら でしたし、元禄の三大文学者・近松門左衛門の脚本を舞台に載 せた義太夫節は、語りの竹本義太夫だけが有名ですか、三味線 で浄瑠璃(義太夫節もその一つ)を支えていた盲人たちのこと を忘れてはなりません。 現在でも三味線弾きが鶴沢・竹沢など、沢を名乗るのは、そ の祖・沢住検校の名を引いているからなのです。 琴は雅楽の演奏楽器の一つとして古くからあったのですが、 楽器自体や演奏法に改良を加えて、一般に親しめるようにした のも彼ら、琵琶だけでは飽き足らなくなった琶法師たちであっ たことは確かなのです。 八橋検校は、普及という意味でその第一人者だったと云えま しょう。 〈六段の調べ〉〈八段の調べ〉などの器楽曲や、琴を伴奏に した〈組歌〉(古今集などの和歌を数首)と呼ぶ声楽曲で、こ れらは今でも耳にすることが出来ます。 器楽曲・六段、声楽曲・組歌 などで琴の地位を確立した 八橋検校。[←←最初] [←前頁] [次頁→] [最後→→]
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