19年12月20日更新
VOL.39-9 通巻NO.474
NPO法人日本障害者協議会理事 黒澤 和生
2018年9月に藤井代表が上梓した「わたしで最後にして ナチスの障害者虐殺と優生思想」を読んで、医療専門職の教育現場に関わる者として、事件を防ぐため自分自身にできることや弱者に寄り添う側の人材育成と情報共有をどのように取り組んでいくのかを深く考えさせられた。
イギリスでは、幼児虐待による死亡事件(ビクトリア・クランビア事件)の検証において、共通して専門職間の協力やコミュニケーションの不足が事件や事故をもたらしたとして、その後の対応策が国を挙げて専門職間の教育に力を入れることとなった。2004年児童法の改訂から、すべての自治体において児童サービスの統合化が進み、専門職連携は一時的なブームとして終わらず、法律によって定められた義務となった。虐待による死亡事件をきっかけに、国が専門職の連携教育に力を入れることになったイギリスの対応である。
藤井代表は前文において、障害のある人の重くつらい過去に正面から向き合うこと、そして、障害のある人も共に、誰もが安心と希望を持てる社会をたぐり寄せるにはどうすればいいのかを、執筆の目的に掲げている。ナチスドイツによるユダヤ人大虐殺の前段階に「T4作戦」という障害者を殺害した事実を広く知ってもらうこと、また、障害者排除の元となる優生思想によって、各国で優生政策として行われてきた誤った国の施策にどのようにして立ち向かってきたかが述べられている。福祉国家として歩んでいる国においても、優生思想が深々と根を下ろし、福祉より国家の安定運営が先であるとした時代があったことも史実として記述されている。後半は、2016年に神奈川県のやまゆり園で起こった凄惨な事件を記載し、世の中で起こってきた事実を知り、一つひとつを丁寧に掘り下げて、討議し、書き留めることの重要性を指摘している。
人間の心の深奥にあって、強者を残し弱者を排除するという人間の価値を選別する発想そのものが優生思想とつながり、時代を超えて凄惨な事件へと結びつくことが示されている。事件後、神奈川県や国を含む行政、施設で事件の検証と再発防止策が報告書としてまとめられたが、共生社会実現に向けて対応を要する主要な課題となった。
人材の育成は本来、人財の育成でなければならない。そして共生社会の実現のため、国も含めた専門職連携が地域社会を構成する様々なネットワークに広げられ、監視していくシステムとして機能していくことが人権侵害の事件を予防する一つの形となるのではないかと感じた。
NPO法人日本障害者協議会 副代表 石渡 和実
8月号の本欄でも、津久井やまゆり園事件後の神奈川県内の動きや、入所者の今後について検討している意思決定支援チームについて紹介した。被告・植松聖の裁判員裁判が、いよいよ2020年1月8日から始まる。26回の公判を経て、3月5日に結審し、3月16日に判決が出る予定だが、被害者の名前は伏せられたままで「前代未聞」の裁判になるという。
筆者は神奈川県の検証委員長を務めたが、やるべきことがやれなかったという自責の念を抱き続けている。この事件に関しては立場は違っても納得できない思いを抱いている人は多く、「津久井やまゆり園事件を考え続ける会」という月1回ほどの集まりに参加している。11月23日(土)には、「津久井やまゆり園事件と報道」というセミナーを開催し、植松に接見を続けている3人の新聞記者に率直な想いを語っていただいた。
植松に直接会っている3人だが、今も犯行の動機には納得できない点が多いという。裁判が始まり植松の生い立ちなどが語られる中で、この悲惨な事件の背景が解明されていくことを期待したい、と強調されていた。また、匿名ではあっても、これまで表に出ていなかった遺族の声が語られることになる。これらの語りを通して、衝撃的な事件ではあったが「我が事」として受け止め、社会全体で今後のあり方を考えなくてはならない、ともそれぞれが指摘された。植松個人に注目するのではなく、ヘイトクライムなどの風潮も踏まえて、「共生社会とはどうあるべきか」が改めて問われなくてはならない。
入所していた131人への、神奈川県の意思決定支援チームによるアプローチは少しずつ進んでいるという。このアドバイザーの1人である鈴木敏彦氏(和泉短期大学教授)の講演会が、10月17日(木)に町田市内で開催された。これまでの経過をお話しくださった後、「津久井やまゆり園事件が問いかけるもの」として10点を指摘された。特に、意思決定支援が強調される中で「寄り添いという名のネグレクト」という実態があるのではないか、との問題提起に参加者一同ぎょっとさせられた。同時に、納得させられる言葉でもあった。「障害が重い人の生活はこんなもの」といった支援者の「決めつけ」や「あきらめ」が、「内なる差別」を容認してしまっているのではないか。施設が「生活の場」ではなく「生存の場」になってしまっていないか。改めて、支援者の姿勢が問いただされる講演であった。
11月の「考え続ける会」で、やまゆり園からの地域移行第1号であるHさんのご両親から近況をお聞きした。地域の作業所などで働く時間も増えたので、Hさんがたくましくなったことを実感しているという。「お尻に筋肉がついたのよ!」と、お母さまが本当に嬉しそうにおっしゃっていたのが印象的であった。地域での暮らしは、埋もれたままにさせられていたHさんの力をさまざまに引き出している。やはり、本人・家族を真ん中にして、その「想いに寄り添う支援」を実現するために、関係者が一丸となり、地域の人々の協力も得て、みんなで必死になってもがき、行動していかなくてはならないのである。
JDでは来年、3回の連続講座を企画しており、2回目の2月28日、「あらためて『やまゆり園事件』を問う~障害者権利条約と『優生思想』~」を開催する。1月からの裁判も視野に入れて、各地でさまざまなセミナーが企画されている。改めて、「私たちがなすべきこと」が問われている。それぞれの立ち位置を再確認しながら、多くの人々との連携が求められ、JDが果たすべき役割もますます大きくなっている。
Don MacKayさん(国連障害者権利条約特別委員会 元議長)からのメッセージ
-深刻な実態をわかりやすく!課題の中に新たな方向を-
第10回命を選ぶ葛藤を超えて ―本当の選択・自己決定とは
河合 香織(ノンフィクションライター)
―技術と法制度から考える―
八藤後 猛(日本大学理工学部まちづくり工学科教授)
障害者自立支援法違憲訴訟運動と基本合意10年と今後
藤岡 毅(弁護士/障害者自立支援法違憲訴訟全国弁護団 事務局長)
色覚障害(障碍)とは
田中 陽介(NPO法人カラーユニバーサルデザイン機構(CUDO)副理事長)
第66回 嘉村奈津子さん
第17回「優生思想」に悩んだ障害者たち
荒井 裕樹(二松学舎大学准教授)
障害者権利条約・基本合意・骨格提言の実現めざす基本合意10年全国集会
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