18年5月30日更新
VOL.38-2 通巻NO.455
NPO法人日本障害者協議会理事 木太 直人
旧優生保護法の下で障害者に対する強制不妊手術が行われてきた問題が俄かにクローズアップされています。優生保護法から母体保護法に改正されて22年。私たちはいったい何をしていたのでしょうか。かつて精神医療の現場にいた私も、この問題にほとんど関心を寄せずにきたことを大変恥ずかしく思います。
優生保護法は1948年の第2回国会で成立しています。当時の国会会議録を見ると、参議院厚生委員会の審議において発議者である谷口弥三郎(参議院議員、後に日本医師会会長)は、法案の提案理由を次のように述べています。
「日本は敗戦により領土の4割強を失い、狭い国土の上に八千万の国民が生活しており、食糧不足が当分持続する。すでに人口が飽和状態となっており、政治的な対処の一つとして産児制限が考えられるが、注意しないと子供の将来を考えるような比較的優秀な階級の人々が産児制限を行い、無自覚者や低脳者(原文ママ)などはこれを行わないため、国民素質の低下即ち民族の逆淘汰が現われてくるおそれある。現に我が国ではすでに逆淘汰の傾向が現われ始めている(精神病患者の増加、先天性失明者の増加、浮浪児の低脳児割合の増加を例示)。従って、先天性の遺伝病者の出生を抑制することが必要である。」(筆者において要約)
前年に施行された日本国憲法の下で、優生保護法が制定されていること、優生手術等の適否を審査する優生保護委員会の委員として医師のみならず民生委員が関わっていたこと(同じ第2回国会において民生委員法が成立しています)、また1952年の法改正時には、医師による優生保護審査会への強制不妊手術の審査申請が、精神衛生法(1950年制定)に基づく保護義務者の同意があった場合に可能とされたことなど、福祉や医療の関係法規とも密接な関連を保ちながら、医療界や福祉界もほとんど疑問を持たない中、ほぼ半世紀にわたり優生手術を規定する法律が存在し続けたことになります。
呉秀三らが「精神病者私宅監置ノ実況及び其統計的観察」を著してから、今年で100年を迎えます。1900年に制定された精神病者監護法については、私宅監置に関心が行きがちですが、公的監置や代理病院(民間病院)への委託監置が行われており、その残滓が戦後の精神保健福祉体系に色濃く影響していることも注目しておく必要があると思います。
近代史や現代史から私たちが学ぶべきことが、まだまだたくさんあります。
NPO法人日本障害者協議会常務理事 増田 一世
私が働くやどかりの里では、精神障害のある人たちが仲間や自分に合った仕事を得ながら、街の中で生活している。活動の出発点は1970年、精神科病院から退院したくとも、どうしても退院できない人たちに住まいと働く場を提供することから始まった。たった3人から始まった活動が、年月を経て350人余りの人たちとの活動になった。やどかりの里は創設以来、「ごくあたりまえの生活」の実現を目指してきた。精神科病院が長期にわたる暮らしの場になり、管理された生活がその人の生活力を奪った。退院し、地域での生活を送る中で「あたりまえの生活」を取り戻していったのだ。私は、障害者権利条約(以下、権利条約)を学ぶ中で、やどかりの里が目指してきた「あたりまえの生活」とは、権利条約でいう「他の者との平等」と同義であると思うようになった。
さて、長期にわたる病院生活から地域での暮らしに移った人たちが、真っ先に言うのが「自由はいい」であった。そして、寂しさや心細さを実感しながら、仲間や職員と出会い、職場や居場所を得ることで、自分の人生を取り戻していくのである。病気が治るとか症状が消失することではなく、生き方の回復と言ってもよいかもしれない。
しかし、彼らが手にした「あたりまえの生活」を奪うのが、2013年から3回にわたった生活保護基準引下げである。2012年にお笑いタレントの母親が生活保護を受給していたことに対するバッシングを契機にマスコミでも異常なほどの報道が行われ、生活保護利用者に対するマイナスイメージを広げていった。その流れの中での2013年8月からの生活扶助基準引下げであった。
やどかりの里では、精神障害のある人約350人の中で135人が生活保護を受給している(2017年3月)。この3回にわたる引下げは、彼らの生活を直撃した。やどかり出版では、精神障害のある人が編集委員となり「やどかりブックレット・障害者からのメッセージ」というシリーズを発行している。このシリーズの24冊目が「生活保護と障害者 守ろうあたりまえの生活」である。この本は生活保護バッシングの始まった2012年頃から企画され、2018年3月に出版された。まず、法人内で生活保護を受給している人たちへのアンケート調査を行い、アンケートに答えてくれた人の中でインタビューに応じてくれる人を募った。その結果、9人が自分の人生とその中で生活保護を受給するに至った経過や今の生活ぶりを率直に語ってくれた。
さまざまな人生や暮らしが語られた。「精神疾患があって働こうと思ってもなかなか職につけず、親に頼らず一人暮らしをするためには生活保護を受給するしかなかった」「親から独立するために生活保護を受給し、一人暮らしの不安を抱えながらも近所に住むやどかりの里の仲間と近所づきあいしながら暮らしている」「派遣会社でトリプル(昼・夜・翌日の昼と働くこと)で働き、体調を崩し、精神科を受診し、退院後実家には戻らず、生活保護を受給することになった」等。また、引き下げの影響に対して、「こたつが温まったらすぐに電気を消す、夏は水のシャワーにする、大好きなコーヒーを買うことを躊躇する」「健康のためには玄米を食べたいが、安い白米にせざるを得ない」「本当は映画を観に行ったり、喫茶店に行ったりしたいが、休みの日は寝ているか、お金のかからないユーチューブを見て過ごす」など…それぞれの生活の中で工夫や我慢がある。
しかし、我慢やあきらめを重ねるのではなく、「あたりまえの生活の実現」は権利なのだと権利条約は教えてくれている。この本の著者の中には生活保護基準引下げ違憲訴訟の原告もいる。自ら声を上げ、この国の社会保障の後退を身をもって守ろうとしている。多くの人たちに彼らの人生や暮らしぶりを伝えたい、そんな思いがこの本には込められている。
第18回 人権を守るということ岩崎 晋也
東日本大震災から7年 「なごみ」は紡ぎ続ける中澤 正夫
呉秀三先生に学ぶ―病者に寄り添い、社会に訴えていく―岡田 靖雄
第5回 A型問題から障害のある人の「働く」を考える久万 真毅
インクルーシブ雇用議連の設立―その経緯と活動への期待―松井 亮輔
第3回 すべての子どもがともに学ぶ、インクルーシブ教育の実現に向けて園田 知子・山根 利江
☆イギリスから④ 障害と積極的な市民権の実現―欧州からの新たな知見ルネ・ハルヴォルセン
☆スウェーデンから④ 成年後見制度紅山 綾香
JD政策会議2018 障害者権利条約 パラレルレポートJD草案報告会
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