本調査を実施した「社会支援雇用研究会」(代表・松井亮輔 法政大学名誉教授)は、2008年に日本障害者協議会のもとに設置され、とくに福祉的就労に従事する、障害者の働く権利の実現という積年の課題を解決すべく、新たな就労支援のしくみの確立をめざし、国内外の施策や就労実態の調査研究を行ってきた。その一環として実施されたのが、2章以下で詳述する本調査である。
1−1 日本の福祉的就労の現状
わが国の障害者就労政策は、障害者雇用促進法に基づく一般労働市場での雇用と、障害者総合支援法に基づく就労継続支援B型事業(以降、B型事業)等に2分されていることが指摘されて久しいが、後者の福祉的就労においては、働く実態があっても「労働者」とみなされず、労働法の適用もない。「工賃倍増計画」等の様々な公的取組はあるものの、全国平均の工賃は未だにひと月1万4千円台に留まり (2012年度の就労継続支援A型事業(以降、A型事業)を除く工賃倍増計画の対象施設)、こうした福祉的就労の状況は、半世紀以上も続いている。
価値観やライフスタイルの変化とともに働き方も多様化し、柔軟性を求められる今日、障害のある人の働く実態だけがなぜ変わらないのか。障害のない人と比べてきわめて低い就業率や収入、および「福祉から一般就労への移行率」の低さなど、具体的な数字がその権利性の脆弱さを物語っている。
(1)きわめて低い障害者の就業率と収入
@ 就業率
2011年度の「障害者の就業実態把握のための調査報告書(厚生労働省)」によれば、障害者の就業率(満15歳以上人口のうちの就業者の割合)は44.2%となっている。
が、この就業者数には福祉的就労に従事する障害者も入っているため、これを除くと就業率は32.4%となり、非障害者の就業率56.5%(総務省統計局「労働力調査」2012)と比べかなり低い値であることがわかる(図1)。
図1 障害者の就業率(単位:%)
(a) 障害者全体の就業率
(b) 福祉的就労を除いた就業率
(c) 非障害者の就業率
出所:厚生労働省「障害者の就業実態把握のための調査報告書」(2011)、総務省統計局「労働力調査」(2012)
をもとに作成
就業者のうちの常用雇用者(※)に注目すると、その割合は、身体障害者は53.0%、精神障害者は32.4%、知的障害者は20.1%となっており、障害のない人の常用雇用が約80%(総務省統計局「労働力調査」2013)であることに比べると、ここにも大きな隔たりがある(図2)。
図2 常用雇用者の割合
出所:
厚生労働省「障害者の就業実態把握のための調査報告書」(2011)、総務省統計局「労働力調査」(2012)をもとに作成
A 収入
厚生労働省が2010年に発表した国民生活基礎調査の貧困率の状況によると、相対的貧困とされる年収112万円の貧困線を下回るのは国民全体の16%である。それに対し、福祉的な就労施設で就労する障害者を対象に実施した調査では、同じく年収112万の貧困線を下回る障害者は56.1%にも及ぶことが明らかになった(図3)。さらに同調査では、一般にワーキングプアといわれる年収200万円以下の障害者は98.9%という数字を示しており、国民全体のそれが22.9%であることを鑑みると、就労施設で就労する障害者がいかに厳しい生活状況であるかがわかる。
出所:きょうされん
「障害のある人の地域
生活実態調査」(2012)
(2)すすまない福祉から一般就労への移行
前述の低収入の大きな要因は、冒頭でも述べた福祉的就労の工賃額の低さに他ならず、こうした状況から鑑みて、福祉的就労から雇用への移行を大幅に増やすことは急務である。
しかし、移行者数9,000人を目標とした2011年も実際には実績は5,675人で、毎年福祉施設を利用する特別支援学校卒業生が約1万人であることから考慮すると、福祉的就労の利用者数は減少するどころか、むしろ増加傾向とみられ、現在では全体で23万人を上回っている(表1)。
表1 福祉的就労事業(旧授産施設及び就労移行支援事業、就労継続支援A型・B型、小規模作業所)
利用者数の推移(単位:人)
|
2008年度 |
2009年度 |
2010年度 |
2011年度 |
2012年度 |
2013年度 |
就労移行支援 |
15,009 |
18,266 |
20,039 |
22,378 |
26,184 |
27,045 |
就労継続支援A型 |
5,549 |
7,900 |
11,590 |
16,703 |
24,431 |
33,213 |
就労継続支援B型 |
47,020 |
71,808 |
97,472 |
127,706 |
162,768 |
175,352 |
旧身体障害者授産施設 |
12,048 |
9,193 |
6,878 |
3,437 |
新体系移行 |
新体系移行 |
旧知的障害者授産施設 |
54,602 |
44,084 |
37,601 |
21,329 |
新体系移行 |
新体系移行 |
|
134,228 |
151,251 |
173,580 |
191,553 |
213,383 |
235,610 |
|
2008年度 |
2009年度 |
2010年度 |
2011年度 |
小規模作業所 |
41,745 |
28,050 |
22,575 |
31,965 |
出所:厚生労働省障害福祉サービス等の利用状況について(国保連 各年の10月データ)
作業所1箇所につき、15人として推計(2011年きょうされん調べ)
表1の福祉的就労事業が、年間に一般就職させている利用者人数の割合を示すのが図4であるが、年間で1割を超えているのは就労移行支援事業のみであり、福祉的就労事業全体での移行平均は3.6%にとどまっている。
図4 福祉施設から一般就労への移行状況 (厚生労働省2011)
1−2 本調査の目的
本研究会は、従来の障害者雇用・就労施策だけでは残念ながら障害のある人の収入や就業率の現状を大きく改善することは困難であると考え、その解決策を模索すべく、新しい社会の仕組み「社会支援雇用制度(仮称)※」のあり方を現在検討している。
その一環として、本研究会は、B型事業所の実態を客観的に把握するための調査を実施することとした。とりわけ低工賃や一般就労への低移行率の実情を理解し、あわせて長きにわたってそれらを改善し得ていない主な要因を見つけていくことが、本調査の目的である。
そのためには、B型事業所の全体像を知る必要があることから、調査対象範囲を事業所の管理者、職員、利用者および一般就労移行者まで広げることとし、一次調査ではその4者へのアンケート調査を実施した。その上で、その結果から見えた課題の更なる理解と改善策の検討のため、二次調査として事業所訪問を行った。地域バランスや事業特性なども考慮し、各事業所が置かれている現場の実情を踏まえながら、関係者から直接生の声を聴く方法をとった。