古川享米国マイクロソフト社
コンシューマ担当バイスプレジデントが語る
「IT革命と社会福祉」


講師紹介

 古川 享(ふるかわ すすむ)さん
米国マイクロソフト社 コンシューマ担当バイスプレジデント

 1954年東京都出身。1978年和光大学人間関係学科中退。1979年株式会社アスキー入社。出版、ソフトウエアの開発事業に携わる。1982年同社取締役就任。1986年株式会社アスキー退社と同時にマイクロソフト株式会社設立、初代代表取締役社長に就任。1991年同社代表取締役会長に就任。

 以来、米国マイクロソフト社極東地域担当シニアディレクターを兼務し、マルチメディア関連から家庭市場を見据えたコンシューマ戦略まで、極東地域における先端技術の開発に従事。2000年4月米国マイクロソフト社コンシューマ戦略担当バイスプレジデントに就任。


もくじ


ピラミッド型の社会から相互に協調するネットワーク社会へ

 世の中に革命を政府が自ら唱えたのは、このIT革命が歴史上初めてだろうと思います。わたしは、政府が自ら革命して、はたして世の中はよくなるんだろうかと、まず疑問を投げかけたいと思います。決して血を流すような形ではなしに、社会をよくするという力があるのであれば、IT革命は民の力によってまず進められなければならない、そうしなければ真の革命ではないと、まずお伝えしたいのです。

 さて、世の中には大きな進化がたくさん起こりました。インターネットとかITの話をする前に、世の中にこの20年の間に何が起きたかということをもう一度ひも解いてみます。たとえば国と国のバランスの中で米国やロシアが頂点に立って、すべての国がそれに従属するという時代がありました。冷戦の時代に、何百という国々が米国に与するのか、ロシアに与するのかという、ピラミッドの頂点に立つ人が誰で、その下にぶら下がる人が誰ということが続いた時代が長かったのです。

 会社の中ではいかがでしょう。いろいろな産業の中ではいちばん強い会社が方向を決め、つまり値段はそのリーディングカンパニーが決めていくという形態がありました。ところが今は一つの会社がすべての物事を決めるのではなく、新しい調和のもとに企業間のバランスは成り立っています。

 コンピューターも例外ではありません。10年前のコンピューターは中央演算装置というコンピューターに、端末だとか周辺装置といった言葉の機械が接続されていました。昔は、このいずれもが、階層構造のいちばん上に立つのがいちばん偉いことなんだという時代がありました。それが崩壊してきたのが、今のIT革命の源流にあるものなのではないかと思います。

 このすべての流れを見ていただくと、ピラミッドの頂点に立つ、何かの権力に与する、もしくはいちばん上に立つ人が偉いということは、もう崩壊してしまったということを、家族の中で、社会の中で、国家間のバランス、企業のバランスの中でも理解していただけると思います。

 申し上げたいのは、このようにバランスが壊れてしまった後にできた、新しい関係の中で、新しい個人と個人の関係、会社と会社の関係、会社と個人の関係を結ぶ最良の方式が、実は情報通信の革命なのではないかと位置づけたいということです。

 その時に必要となってくる構造は、ピラミッド社会の頂点に立つというような権力志向ではなく、ネットワークの中に相互に接続されるという姿です。これは従来のリーダーシップを規範とした上意下達の世界ではなくて、お互いに協調をし合いながら、お互いの価値を認め合うというスタイルのコミュニケーションの仕方です。コンピューターの世界では、それをクライアントサーバー型といいます。あるところに情報を格納して、あるところからその情報をアクセスするという形で、ネットワークは発展をしました。しかし、このスタイルは、どこに情報が格納されて、それを受け取る人が誰ということが決まっています。そしてその後、自分もメッセージをいつでも発信でき、情報を受けるだけでなく、すべての方が、メッセージを発信したり、たとえば、情報通信の力を借りて何万人の方に読んでもらえる本を出版したり、音楽や映像をつくって配ったりできるという状態をつくり上げてきたのです。ですからIT革命のいちばん大きな役割は、このピラミッド型の社会が壊れてしまったことに対して、柔軟に対応する情報通信の社会をつくるということです。

 もう一つの大きな役割は、まだ壊れていないものに対して、積極的に壊してしまった方が、豊かな社会ができるのではないかと提案できること、それが、IT革命の源流にあるものなのではないかとも思います。

 今までは、えてして輪をつくると特定の業界の中だけで、特定の団体で固まったり、興味を同じにする人だけが特定の利益のために固まったりしがちでした。自動車業界であったり、コンピューター業界であったり、ひょっとしたら障害をもっておられる方々のある種の団体が、他の団体からは隔絶している状態になってしまっているという状態ができていたのではないでしょうか。せっかくピラミッドの構造は壊れたのに、閉ざされた空間の中でしかネットワークを使っていないのです。

 ところがインターネットを使うとある型を介在して相互に、時間の流れ、距離を越えて、組織同士が一つの接点をつなぎ合いながら拡張していったり、相互に影響を及ぼし合うことが簡単にできるようになっています。そういう意味では、日本障害者協議会の中に集われる一つひとつの団体の方々の輪が、強い意思で、そしてゆるやか関係でそれをとりまとめられているというJDの姿というのは、インターネットができる前に、インターネット的な社会をつくろうと、この20年間行動してきた結果だと思います。そう考えると、インターネットを新しいものとして捉えて、それを新たに勉強するというよりも、むしろ逆に、今は時代に、コンピューターも社会構造も合わせなければいけないという考えで、必然性をもってインターネットやIT革命が生まれてきたと位置づけたいと思います。

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コミュニケーションのあり方を本質的に変える

 さて、IT革命はどんなことをもたらすのでしょうか。「文明の転換をもたらすIT革命」などという言葉が出てきています。商取引の例で説明させていただきますと、1998年度には企業と個人の間の取引は650億円でした。そして企業間の電子商取引、たとえばネットワークを通じて見積依頼をして部品を納入してもらうなど、電話を使わずに電子的な流れを使った商取引は九兆円規模でした。2003年には、個人と企業の間では、3兆1600億円、そして企業間の世界は68兆円という大きな規模に広がっていこうとしています。

 そういったビジネスのお金の流れだけではなしに「メディアのコンバージェンス」、これは従来の場合であれば音でしか味わうことができなかったものを振動に変えて伝えるとか、目でしか見えなかったものを触感にするとか、オリジナルのデータの書式、具体的には音とか映像でしか記憶ができなかったものを、ちょっとしたフィルターを自動的にかけることによって、他のメディアに自由に変換することができるようになってきました。現在もやはり人間の英知を上にかぶせないと、最終的にはきれいなものに仕上がらないということがありますが、これから先、電子化を進める中で、メディアの変換を自由にすることができる新しい流れも生まれています。

 これらのことは、おそらく、単に音が出る、色がつく、色が確認できない方でも色を感覚的につかめるという補助的な道具だけではなく、人間と人間との間のコミュニケーションのあり方を本質的に変えていくのではないかと考えています。それはやりたくないものをやるという無理強いの変え方ではありません。つながりたかったのにつながれないどうしようもない距離感や、お互いに暮らしている時間帯が違うので、電話をかけても相手と意思の疎通ができない、あるいは電話代が高いといったことに対して、それを解決していく情報通信の技術が生まれることによって、新しい関係がつくられてくるということもあります。

 たとえば、今までは電話代を気にしたり、手紙で済ませていたりした方なのかもしれませんが、インターネットの力を借りることで、気軽に電子メールのやり取りができるようになりました。その結果、新しいコミュニケーションが生まれました。それは手段が重要なのではありません。近くにいて会話ができなかった人、電話代が気になっていた人と自由に会話ができるようになったこと、それは改革を超えて、「革命に近い変革」なのかもしれないのです。

 IT革命のもたらすものには、企業と産業のもたらす特徴があります。企業が効率化のために、製造販売体系全体で在庫や出荷状況に関する情報を共有し、生産計画を柔軟かつ最適に管理します。

 ただ、たとえば失業率の問題を考えた時に、これははたしてよいことなのかについては、いろいろ議論もありましょうが、新しい雇用の機会をつくる、遠距離にいてもバーチャルに会社をつくれるという可能性も含めて、柔軟に対応すれば決して悪いことではないでしょう。むしろ悪いものがあればどうやって是正していくかもかんがみながら、企業の上でのIT化は進められるべきだと思います。

 IT化の個人の生活への影響は、能力次第で誰でも成功者になれることがいちばん大きいと思います。従来の場合は、人間が本来もっている能力とは違うことでレッテルを張られて、成功の道が閉ざされてしまうことがたくさんありました。日本の中ではまだ、組織の中で、たとえば経歴だとか、年齢だとか、お金を持っている、持っていないということで壁を閉ざしているのに、ネットワーク経由の場合にはそれを自由に行き来できるということを、わたしはアメリカに行って、アメリカのコンピューターのネットワークの中に接続してみることで、体感しました。私が最初にネットワークに触れた時というのは、自分のコンプレックスをバネにして、ネットワークそのものが自分自身のある部分のバリアを解いてくれたという役を果たして、非常に心地よくネットワークを通じて人々とコミュニケーションをとることができました。

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IT革命のもたらす新しい社会

 IT革命の力は、社会を動かす新しい力を生みます。お金を持っている、権威がある、歴史があるとか、そういうことに囚われない新しい流れを登場させて、時代のヒーローになったり、ビジネスの成功者になったり、ということを可能にします。

 そして社会の上での成功モデルの多様化、これも重要な要素だと思います。従来の場合、企業はいくらお金を儲けたとか、何万台、何千万台売れたというマスのマーケットの中での勝ち負けをいつも競ってきました。ところがIT社会の中では、たとえその数が少なくても本当に喜んでくれる人が1万人いたら、その1万人のための新聞を発行することも可能でしょう。新聞を出す資金として、お金を出してくれる人が百人しかいないかもしれないけれど、その100人の方が5000円ずつ払って、1万人のためにスポンサーになってくれる。企業がスポンサーになるという今までのやり方ではなしに、そんな方法でお金を集めて新しいメディアを維持していくということも、これから出てくるかもしれないのです。従来のように絶対金額としての発行部数だとか、売上げ、利益といったものに囚われない新しい成功のモデルが、IT社会の中では生まれてくるのではないでしょうか。

 それからIT社会では、社会全体の中での問題解決能力を高めていくことができるのではと考えられます。たとえばトラブルやクレームを言ったとしても、結局、本人には届くわけはないし、あの会社は聞いてくれないだろうということで黙ってしまうのではなく、企業や個人の発言が間違いを起こした時に、本人まで届く力でメッセージを返す。そしてそれに耳を傾けたうえで迅速に対応するというスピード感が生まれてきます。今までの一方向の、伝えきりのメッセージではなしに、ちゃんとフィードバックのかかったものが社会生活の中で会話として、製品として反映していくでしょう。そうすると個人の社会に対する影響が非常に大きくなっていくと思います。そして個人も大事であると同時に、たくさん売れるだけからではなく、その地域にとって有益かどうかという、新しい流れも生まれてきます。地域コミュニティにおける豊かな暮らしの実現、これもIT革命のもたらすものでしょう。

 IT革命時代の融合がはじまれば、民と官のバランス以外にコンピューター産業、放送業界、ケーブルテレビ、家電製品をつくっている方々、通信事業者、従来の場合は特別なグループとして考られていたNPOとか、ボランティアのような方々、学術研究、大学関係の方々、そして新聞、出版、情報提供業者の方々、こういう方々がすべてIT産業を支えていくということになります。その意味では技術をもっているから先に未来の流れをつくるのではなく、それを使う側が、または人のために役に立ちたいという方が、将来の方向を決める大きな力になるのがIT革命時代だと思います。

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多様化する価値観に応えるIT技術

 ある筋ジストロフィーの方とお話をしていた時に、「人生長いと思っているけれど、70、80になってあなたがほしい物を、今、僕は18歳だけどもうわかってるんだ。だから、僕は、あなたが70歳の時ほしいものを今設計できるよ」と教えてもらいました。筋ジストロフィーのために、ものすごい勢いで一生を終えようとしてる。スピード感をもって生きている方は、僕が七十歳にならないと気がつかないことを、先に見てしまって、そしてそれを先に私に伝えてくれてるんだと思いました。そういう方がつくるグランドデザインはバリアフリーを超えて、ユニバーサルデザインとなり、たとえば今日けがをした方、そしてお年を召していく方にもやさしい道具に変わっていくんだろうと思います。

 また別の筋ジストロフィーの方は、手で操縦して、それから口でくわえて、最後にはまぶたで操縦しなければならない道具が必要なのですが、毎回異なった製品を買わなくてはいけないのが嫌になって、ガスセンサーを使い、それを操縦すれば手でも、口でも、まぶたでも一つの機械で操縦できる入力装置を自ら開発されました。そして、その方がいちばん誇りに思っていると語ってくれた話があります。「ついこの前、あるガンの末期患者さんが、あと一週間で亡くなられるかもしれないという時に、遺書を書きたいんだけれど、体が動かない。だから僕の開発した入力装置を借りにきてくれた。健常者の方も交通事故やガンの末期で自分の遺志を伝えることができなくなることがある。その時になって一生懸命練習することはできない。僕がつくったこの入力装置はいちばん使いやすいと確信をもったんだ」、と。

 バリアフリーのデザインをされる方は、これから先、ユニバーサルデザインのことを考えていらっしゃるでしょう。ユニバーサルデザインを別の側面から見れば、経済のボーダレス化、精神的なゆとりの確保などを、利益よりも優先させるべきであると思います。企業としての集団や、国が競争に勝った、負けたではなしに、個の存在そのものが美しい、その価値観が多様化して一人ひとり異なった幸せを追求したときに、それに応える手段がIT技術なのです。

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「知の時代」をつくる手段としてのIT技術

 IT技術を目的にするのではなく、それを使ってどんな豊かな社会を実現するのかというグランドデザインの設定がこれから先いちばん望まれていることなんではないかと思います。

 IT技術については、いろいろなことが語られていますが、いちばん重要なことは、手段としてIT技術を使うべきだということです。ところが政府関係の議論を聞いていますと、IT技術を目的にしてるんですね。IT技術を目的にするために道路を掘り起こして光ファイバーを入れる事業に3500億円くらい今から使おうとしてます。このままだとすべての国道の横に光ファイバーは入りますが、その先の蛇口に何もつながっていないという状態になってしまいます。IT技術を目的にするのではなしに、それを使ってどんな豊かな社会を実現するのかというグランドデザインの設定が、これから先いちばん望まれていることではないでしょうか。

 わが社マイクロソフトでは、「いつでも、どこでも、どんなデバイスでも優れたソフトウェアを通じて人々に可能性を広げるような存在でありたい」という社是を掲げています。私どもは20年間、「すべての家庭に、机にコンピューターを」と言い続けてきた会社です。物の時代は終わりました。物が広がりを見せられるようにできたら、それが人々にどんな役に立つかということを全社の目標に掲げてこれから先も皆様とお付き合いをしていきたいと思います。

 この会の始まる前にと打ち合わせをした時に、「知の時代」になるんだというキーワードを調さんからいただきました。それは、わたしが今日の朝までかかってつくり上げてきたキーワードとまったく同じだったのでびっくりしました。これから先には、ブランドだとか、お金を持っているだとか、歴史があるだとかそういうことを超えて、あらゆる方が「知」をもって競争力が躍動する社会、この競争力も人を打ち負かしたり、血を流したり、勝ち負けのためのものではありません。お互いがお互いの存在を美しいと認め合えるような新しい社会、その中では個人、企業、組織、地域が、年齢や性別、その属性を問わず、それぞれの能力や目的に応じて積極的に、かつ経済的、社会的な制約を受けることなく社会経済活動を展開できる社会、これがITのめざすものです。そして同時にそれが新たな格差を生まないようにデジタル情報格差の是正をしなければいけない。所得、年齢、供給レベル、地理的要因、身体的制約などによって情報通信手段に対するアクセス機会が失われてはいけない。それを防ぐためにも技術を習得する、そして均等にアクセスができる環境を整備していこうということが目標となります。IT技術に革命があるとすれば、それが競争に打ち勝つためではなしに、人々がお互いに豊かに、そしてお互いの美しさを認め合える環境に整えていく、そのために私たちは精進していくつもりです。

 最後にまとめとしてビル・ゲイツの言葉を使わせていただきますが、「ドットネット構想」とは、パソコンだけに限らず、あらゆるデバイスを通じて人々に豊かな生活を提供していくためには、どんな姿がありえるかという考え方です。これを全社の目標に掲げて、これからも精進していきます。私どもが用意したものを使っていただくという関係ではなく、むしろ皆様に教えを乞いながら、実現するという姿を保っていくのが、これから先のインターネット社会だと思います。そういう意味では真の意味の「革命」が起きるならば、皆様と手を携えてつくらせていただくことが、これから先の重要な方向性ということになるでしょう。これからも長いお付き合いをいただきたいと思います。

(文責/JD事務局)


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